フタバから遠く離れて

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井戸川町長退任式   監督・舩橋淳   

2013年2月9日

昨日2月7日井戸川町長の退任式が、旧騎西高校の避難所で行われました。
僕・舩橋も撮影に行って来ましたが、いろいろな思いが入り交じる時間でした。

町長は「避難途上において町長職を辞めるのは断腸の思い」「今回の事故は人類の事故で、日本だけでなく世界の事故だ。苦しい財政再建を乗り切って、町が良い方向に向いたときに発生し、原発は残念ながら壊れてしまった」と語りました。

辞職の理由については、文尾に報道があるので参照していただければ、と思います。その中でも大元にある原因は、避難基準が1mSv であるはずが、国は20mSvとし、その差に納得できず国へ抗議・交渉している間に、町の中で軋轢が生じ、そんなことはいいから一刻も早く賠償を進めろ、復興を軌道に乗せろ、という町民(町議員)との対立を生んだ、ということです。
町長は「自分の信念に逆らい、福島県内のいわき市に役場移転を決めたことを反省している」ともいいました。

今は福島県内に残っている双葉町民と福島県外に避難している双葉町民の価値観が対立し、その狭間に町長と町議会が挟まれ、引き裂かれてしまったのだと思います。そして、避難生活が長引けば長引くほど、この対立は根深くなる。一刻も早い救済が望まれます。

井戸川町長は「あの放射線レベルでは、福島にはいまは住めない」という前提で、国民を守ってゆくべき、という考えは絶対に曲げないそうで、今後は福島のこどもを守ってゆく活動など、被爆から国民を守るための活動を広くやってゆきたい、とのことです。

式の終わりに、校門前ロータリーで花束の贈呈、町民の見送り、挨拶がありました。涙を浮かべる町民に囲まれ、撮影している報道陣まで泣いていました。本当に惜しまれながらの式典でした。

まずは、井戸川町長にお疲れ様でした、と申し上げたいと思います。

1月後半に入院して以来、休みを取っていなかったので、充分身体を休めていただきたい。

そして、本人が仰っていたように、被爆を強いられている福島の人々、特に子どもたちを被爆から守る、という次の使命に向けて起動していただきたい。
放射線・被爆についてずっと培った知識と、国・官僚・県・東電の中枢と渡り合った経験から、きっと被害者の救済に役立つキーとなる人物になってゆくと思います。

僕自身は、井戸川さんを応援しつつ、あくまで双葉町に寄り添って撮影を続けてゆくつもりです。

以下、報道です。
http://news24.jp/articles/2013/02/07/04222715.html

http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20130208ddlk07010014000c.html
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