フタバから遠く離れて

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フタバから遠く離れて

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「フタバから遠く離れて」トークイベント 2

2012年10月23日

◎10月17日
舩橋淳監督と、想田和弘さん(映画監督)。

本作における想田さん的名シーンは2つあり、1つは海江田さんと細野さんが会議冒頭に挨拶だけして退席していく場面。2つ目はデモの陳情のシーンで、議員が何故か全員襷をかけ何故か皆で握手をする場面。実はこの2つのシーン、海外で上映した際は必ずと言って良いほど質問を受けるのだと舩橋監督。大事な会議なのに、何故冒頭挨拶だけして退席するのか、抗議に来ているのに何故握手なんかするのか・・・。
もう1つ、想田さんが心に残ったシーンがあるとのことで、それは一時帰宅の日に避難所を出発したバスを見送る東電社員が深々と頭を下げてお見送りするも、いつ頭を上げて良いかわからず周りの様子をうかがっている場面だそうです。その姿は自分の姿に重なる部分でもあり、やはり自分もこの問題からは”遠い”のだと感じたと仰いました。自分を免罪するわけにはいかず、政府が悪い政治が悪いだけではいけないのだと思ったとお話下さいました。日本はこの事故が起きるまで、原子力は素晴らしいものと信じていた、それに対する総括が今回なされていないよね、と2人。双葉の人もそうだし、全世界の人もそう、被害者の面だけでなく当事者の面もある(決して批判の意味ではなく)とお話されました。
本作は当初11時間もあった映画を96分まで縮めています。そこに入りきらなかったものは全て監督の著書に書いてあります。原発反対の色を付けた映画ではないので、推進派の人にも是非観てほしいという監督の言葉に、「まぁ、色付いちゃってるけどね(笑)」と想田さんから突っ込みが入ると場内からは大きな笑い声が。今週土曜日から公開する想田さんの『演劇1・演劇2』は5時間42分もある作品であることを踏まえ、「想田さんなら11時間のまま出しただろうね」と舩橋監督が言うと、またしても大きな笑いが会場に響き渡りました。しかし、さすが『演劇』!!何と全部で300時間あったそうです。そこから厳選して5時間!編集作業は大変なのですね。
今週末公開の想田さんの作品『演劇1・演劇2』、私も丸1日この映画にかけるつもりで観に行こうと思っております。(文責・宣伝部佐々木)


◎10月18日
 
・舩橋監督、『相馬看花』松林要樹監督。


想田和弘監督と同じく、一時帰宅の場面で東電社員がバスを見送りながら頭を下げるシーンが可笑しいとお話されました。自身の撮影体験も通し、被災者を”5-5-2”などと番号で呼ぶことについて、管理する側は楽だけど囚人じゃないんですからねと思ってしまうという感想に対し、舩橋監督からは「実際に見ているとかなり一生懸命な印象を受ける」と意外な答えが返ってきました。それを避難所の方に話すと「当たり前だよ」と言われたとのことですが、東電の上役達は全然批判もされず立場も保証されているのに対し、下の人達は時に罵声を浴びせられながら謝る姿を見て、不平等な社会だなと感じたのだそうです。それが撮影時、自分の思い込みがひっくり返った体験だったと舩橋監督。
一方、『相馬看花』に出てくる老夫婦は、昔ご主人が原子力発電所の職員だった為、避難しようにも避難所に居づらいという理由から、避難区域に留まって生活していました。松林監督はそういう立場・理由の人がいるということを、撮影を通して初めて知ったとお話下さいました。2人の作品には、ガイガーカウンターの数字を一切映していないという共通点があります。原発ものは時代によって数値の単位も変わっているので、そういうものではなく人間を映したかったと松林監督。舩橋監督は今回の事故でを受け、人間は放射能に対して無力なのだと感じたそうです。その無力さを敗北として認めるか、まだ足掻いてみるのか、どちらかだが、双葉町が興味深かったところは、最初から敗北を認め最も遠くに逃げた点、それが他と一線を画していた。放射能はどんなに離れても怖いもの、数字ではないと思い、だから人間を映そうと思ったのだとお話下さいました。(文責・宣伝部佐々木)

 

◎10月20日 
・東京大学大学院総合文化研究科教授高橋哲哉先生をゲストにお迎え致しました。


17歳まで福島県で育ったという高橋先生は本作を3回も御鑑賞頂いております。
監督に作品の感想を求められると「まず、よくこの作品を撮ってくれたという感謝の念なんですよね~。非常に丁寧に、あるを時間付き合って撮ってくれた。被災地出身の人間としてありがたいという思い。」と感慨深げに仰いました。原発事故後に「犠牲のシステム 福島・沖縄」 (集英社新書) 」を出版された高橋先生は、戦後日本は国の為に国民が犠牲になってはならないはずだった、原発事故を受け、故郷にリスクを負わせていたのかと思うと忸怩たる思いだとお話下さいました。”国策”という冠を付けるのであれば、予めリスクをきちんと伝えるべきと舩橋監督。ハイリターンばかり伝え、ハイリスクを伝えないのはおかしい、一般企業の商品ではなく、国策なのだから、国たるものが何故きちんと国民に伝えないのかと怒りをぶつけておられました。
高橋哲哉先生の著書「犠牲のシステム 福島・沖縄」の詳細はこちらに http://www.amazon.co.jp/%E7%8A%A0%E7%89%B2%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0-%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E3%83%BB%E6%B2%96%E7%B8%84-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E5%93%B2%E5%93%89/dp/4087206254

・高橋哲哉先生(哲学者・東京大学大学院総合文化研究科教授)、舩橋淳監督

・映画評論家の山根貞男さん、舩橋淳監督。

いくつもの震災映画を観てきたが、やっと手応えのある作品が出てきたなという感想ですよと本作を絶賛。無惨なシーンを撮れば映像に迫力が出るのは勿論のこと、そのような材料を使わずに1本の映画をつくりあげる、それが結果として良いなと思える・・・禁欲的であるが故の良さがあると評価下さいました。山根さんは一時帰宅のシーンでと、デモのシーンに胸を突かれる思いがしたとお話下さいました。普通の人だったら、一時帰宅時にあれもこれもと私物を持って帰りたくなるものだが、その欲が出てこない様子をみると、これまでに何度も我慢我慢の避難生活を強いられてきたことが伺える。それを映し出せたことは優れた映像だと思うと評価。また、デモのシーンで「戻りたいと思うことが間違いではないか」という台詞からも、前述の様子が伺えると仰いました。
戻りたい・・・けれど何処かへ行くしかないのだ・・・しかし行く当ても無い・・・その感情が揺れ動く様子を捉えたこの映画は、やはり非常に優れているのだと。舩橋監督が、布団の周りの物しか無い、この人達にはこれしかないのだという、何も無い感じを伝えたかったと話すと、何もないけれど必ず何かがくっついている感じ、それがこの作品にはたくさん散りばめられているんだよねぇと山根さんは仰いました。(文責・宣伝佐々木)

 

◎10月21日
・プロジェクトマネージャーの柳澤円さん、舩橋淳監督、ライター・PRプランナーの柳澤史樹さん

「福島は何とかなっているのだろう」というのが東京感覚で、原発問題は月日が経つ程に遠く感じているのではないか、それをどうしたら良いのかと思っていると監督。日本人はとてもマメなので、放射能マップなどリサーチは細かくやるが、時間軸方向で見積もることは下手であるとお話下さいました。
公開初日からトークゲストが錚々たるメンバーの中、自分たちがこの場に立つことについて色々と考えてきたんだよねと史樹さんが仰ると、円さんは一言「市民代表で」と付け加えられました。柳澤さんと以前から交流のあった監督は、その言葉を受け「有名な方も沢山お呼びしたけれど、小市民として自分たちで何か行動を起こしている人達と話をしてみたかったんですよね。自分たちが何かをやっているという部分がおもしろいのではないかと思ったんです。」と仰いました。
柳澤さんをお迎えしてのトークはこの場に留まらず、トークショー終了後には劇場下のカフェを貸し切り、ご来場者の皆様と懇親会を行いました。監督も交えて約2時間お話し合いの場を仕切って下さいました。(文責・宣伝佐々木)


トークショー終了後、オーディトリウム渋谷下のカフェを貸し切り懇親会。
仲間の宣伝マンが通りかかり、「ナンデスカコレ?」と驚いていました。
このように一般の方々が宣伝協力をして下さることはなかなか無いのです。しかもこれがまた、凄い動員力なのです。
本日の上映も大変な盛況でした。ありがとうございました。(文責・宣伝佐々木)

 

◎10月22日
・ブータン王立自然保護協会の理事であり、ジャーナリストでもあるツェリン・タシ氏が来てくれました。

「フタバから遠く離れて」を見て、Less is More.(より持たないことが、より持つことになる)という考えを深めたといいました。拝金主義ばかりの現代文明の行き詰まりが、この映画に描かれている。ブータン国王にもぜひ見てもらいたいと思う、とも仰りました。

・福島原発告訴団団長の武藤類子さんをゲストにお迎え致しました。

監督から映画の感想を尋ねられ、1人1人に1つ1つの困難があるのが原発事故。何とも切ない映画ですねと涙ぐんでおられました。この事故によって得た教訓を何か形にしていかなければならない、間違った原子力政策は正していく、国のあり方を変えていくことが私達大人の子どもに対する責任かなと思っているとお話下さいました。事故前から日本はそれほど良い国だとも思っていなかったけれど、事故が起きてみて「あぁここまでですか」と思ったとのこと。障害者の避難問題、子どもの健康問題など、1つ1つ声を出していかなければ何も伝わらないのが現状だという武藤さんの言葉を受け、今まで水俣病などの例がありながら証明責任を被害者に負わせるのはおかしい、そうやって被害者はどんどん忘却の彼方へ追いやられていくと舩橋監督。双葉町の人達が未だ旧騎西高校で生活を続けていることが報道されなくなってきた、意図的に忘れさせようとしているのがわかりますよねと武藤さん。第一次告訴を8月に終え、第2次告訴が今月末〆切、11月15日に福島地方検察庁に書類を提出予定とのこと。誰でも告訴人になれるので、各地方(関東事務局・東北事務局など)の書類をダウンロードして記入してほしいとのことです。 情報はこちからからhttp://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/      (文責・宣伝佐々木)

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